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第2章 ツンデレ属性が見当たらない件

放課後の教室。

俺は机に突っ伏していた。

「どうしたの、悠真? 死んでる?」

美月が心配そうに覗き込んでくる。

「死んでない。考え事してるだけ」

「へー、珍しい。悠真が考え事なんて」

「失礼な。俺だって考えることくらいある」

実際、俺は今、人生最大の難問に直面していた。

美月のデレ期がいつ来るのか問題である。

「で、何考えてたの?」

「えーと……」

正直に言うわけにはいかない。『お前のツンデレ属性について分析してた』なんて言ったら、間違いなく変人扱いされる。

「ゲームの攻略?」

美月が苦笑する。

「ま、まあそんなところ」

「もう、ゲームばっかり」

美月は呆れたようにため息をついた。

でも、これは真剣な問題なのだ。

一般的に、ツンデレキャラには以下のパターンがある。

  1. 最初はツンツン、後からデレデレ
  2. 普段はツン、二人きりでデレ
  3. 他人の前ではツン、主人公にだけデレ

しかし美月の場合、どれにも当てはまらない。

朝から世話を焼いてくれるし、普通に優しいし、でも恋愛的な意味でのデレは見当たらない。

これはつまり、ツンデレではなく——

「おーい、地球から悠真くんー」

「は!」

美月が俺の目の前で手をひらひらと振っていた。

「もう、本当にゲームのこと考えてたんだ」

「いや、その……」

「まあいいや。今日も一緒に帰ろ」

「え?」

いつもは美月の部活(図書委員会)があるから、一緒に帰るのは週に2、3回程度だ。

「今日は委員会お休みなの」

「そうなんだ」

「なに? 一緒は嫌?」

「嫌じゃない! 全然嫌じゃない!」

「なんでそんな必死なの……」

美月が不思議そうな顔をする。

これだ。この反応だ。

普通のギャルゲーなら、ここで照れたり、嬉しそうにしたりするはずなのに。

美月は本当に、俺のことをただの幼馴染としか思ってないんだろうか。

「じゃ、行こっか」

美月はさっさと教室を出ていく。

俺は慌てて鞄を持って後を追った。

下駄箱で靴を履き替えていると、美月が言った。

「そういえば悠真、最近おかしくない?」

「おかしい?」

「うん。なんていうか、私のこと見てる時間が増えたような」

ギクッ。

バレてる。完全にバレてる。

「き、気のせいじゃない?」

「そうかなあ」

美月は首を傾げる。

「あ、もしかして」

「な、なに?」

「私の髪型、変?」

「へ?」

予想外の質問に面食らう。

「最近ちょっと伸びちゃって。切ろうかなって思ってるんだけど」

美月が髪を触りながら言う。

「い、いや、別に変じゃない。むしろ可愛い——」

言ってから、しまったと思った。

美月の目が少し大きくなる。

「可愛い?」

「あー、いや、その、似合ってるって意味で」

「ふーん」

美月はなぜかニヤニヤしている。

「悠真も言うようになったね、そういうこと」

「そういうことって?」

「女の子を褒めること」

「別に褒めてない。事実を言っただけ」

「へー」

美月の笑みが深まる。

やばい。なんか墓穴を掘ってる気がする。

校門を出て、いつもの通学路を歩く。

夕方の柔らかい光が、街を橙色に染めていく。

「ねえ悠真」

「ん?」

「私って、ツンデレ?」

は?

突然の質問に、俺は歩みを止めそうになった。

「な、なんで急にそんなこと」

「いや、この前悠真が『美月はツンが足りない』って独り言言ってたから」

ぎゃー! 聞かれてた!

「い、いつの話!?」

「先週の火曜日。昼休み」

具体的すぎる。

「あれは、その……ゲームの話で……」

「ふーん。で、私はツンデレなの?」

美月が立ち止まって、じっと俺を見つめる。

その真っ直ぐな視線に、俺は言葉に詰まった。

「……ツンデレじゃない」

「じゃあ何?」

「えっと……」

なんて答えればいいんだ。

素直? 天然? それとも——

「優しい」

「え?」

「美月は、優しい。ツンデレとかそういうんじゃなくて、ただ優しい」

我ながら、なんて普通の答えだ。

でも美月は、なぜか頬を赤く染めた。

「な、なによ急に」

「いや、聞かれたから答えただけ」

「……バカ」

美月はそう言って、早足で歩き始める。

俺は慌てて追いかけた。

「おい、待てよ」

「待たない」

「なんで怒ってるんだよ」

「怒ってない」

明らかに怒ってる。

でも、なんで?

優しいって言われて怒る理由が分からない。

これがツンデレなら『べ、別に嬉しくなんかないんだからね!』とか言うところだが、美月の反応は違う。

本当に、美月のことは分からない。

「美月ー」

「なに」

「アイス奢るから機嫌直して」

「……いちごミルク」

「はいはい、いちごミルクね」

コンビニに寄り、アイスを買う。

美月の好物のいちごミルクアイスだ。

「はい」

「……ありがと」

アイスを受け取った美月の機嫌が、少し良くなったようだ。

このアイテムでの好感度回復。これはゲームっぽい。

でも、ゲームと違うのは——

「美味しい?」

「うん、美味しい」

「良かった」

——こんな些細なやり取りが、妙に愛おしく感じることだ。

ゲームなら、アイスを渡したら好感度が上がって終わり。

でも現実は、一緒にアイスを食べる時間があって、他愛ない会話があって、そういう積み重ねが関係を作っていく。

「悠真も食べる?」

美月がアイスを差し出してくる。

「え?」

「一口」

「い、いや、いい」

「遠慮しないで。さっきのお礼」

「さっきの?」

「優しいって言ってくれたこと」

美月が照れくさそうに笑う。

その笑顔に、俺の心臓がドキリと跳ねた。

これは——

間接キスイベントじゃないか!

「ど、どうしたの? 顔真っ赤だよ?」

「な、なんでもない!」

俺は慌てて顔を背ける。

くそ、意識しすぎだ。

所詮はアイスの回し食い。深い意味なんてない。

でも——

「じゃあ私が食べちゃうね」

美月があっさりとアイスを食べ続ける姿を見て、俺は少しガッカリした。

やっぱり美月にとって、俺はただの幼馴染なんだろうか。

家の前に着く頃には、日が暮れかけていた。

「今日はありがとね」

「別に。いつものことじゃん」

「でも、ありがとう」

美月が優しく微笑む。

夕焼けに照らされた美月の姿が、やけに綺麗に見えて。

「じゃあね、悠真」

「あ、ああ。また明日」

美月が自分の家に入っていくのを見送ってから、俺も家に帰った。

部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。

今日一日を振り返ってみる。

美月はツンデレじゃない。

それは分かった。

じゃあ、美月は何なんだ?

幼馴染? 親友? それとも——

スマホが震えた。

美月からのメッセージだった。

『今日はありがとう。優しいって言われて、嬉しかった』

え?

『でも、優しいだけじゃつまらないよ?』

どういう意味だ?

『たまには、ツンツンしてみようかな』

『冗談! おやすみ、悠真』

メッセージはそこで終わっていた。

俺はスマホを見つめたまま、固まった。

これは——

もしかして、美月も俺のことを——

いや、考えすぎだ。

美月はいつも通り、俺をからかってるだけ。

でも、もし——

その夜、俺はなかなか眠れなかった。

美月のメッセージを何度も読み返しながら、意味を考え続けた。

ゲームなら、ここで好感度メーターが表示されるのに。

現実は、本当に難しい。