第3章 イベントCGのアングルとは
土曜日の昼下がり。
俺は美月と一緒に、駅前の大型書店にいた。
「悠真、こっちこっち」
美月が手招きしている。
今日は美月に付き合って、参考書を買いに来たのだ。
「なんでわざわざ俺を連れてくるかな」
「一人じゃつまらないじゃん」
「参考書買うのに面白いも何もないだろ」
「でも、悠真といると楽しいし」
さらっととんでもないことを言う。
こういうところが美月の恐ろしいところだ。自覚なく俺の心を乱してくる。
「ほら、これとこれ、どっちがいいと思う?」
美月が数学の参考書を2冊持って聞いてくる。
「んー、こっちの方が解説詳しそう」
「じゃあこっちにする」
即決かよ。
「自分で選べよ」
「だって悠真が選んでくれた方が、なんか頑張れそうな気がして」
また爆弾発言だ。
しかも、今の美月の立ち位置——
参考書売り場の窓際、午後の光が差し込んで、美月の髪がキラキラと輝いている。
手には参考書、少し困ったような、でも楽しそうな表情。
これ、完全にイベントCGじゃないか。
『美月との買い物イベント 好感度+10』
みたいな。
「どうしたの? また変なこと考えてる?」
「い、いや、なんでもない」
「怪しい……」
美月がジト目で見てくる。
でも、この角度もいい。
下から見上げる感じのアングル。ゲームならプレイヤーが思わずスクショを撮りたくなるやつだ。
「ねえ悠真」
「ん?」
「私の顔に何かついてる?」
「え?」
「さっきから、じーっと見てるから」
やばい。ガン見してたのがバレた。
「べ、別に見てない」
「見てた」
「見てない」
「見てた! しかもニヤニヤしながら」
「ニヤニヤしてない!」
なんて不毛な言い争いをしていると、店員さんに睨まれた。
「す、すみません」
二人で小声で謝る。
「もう、悠真のせいで恥ずかしかった」
「俺のせい?」
「そうでしょ」
プリプリ怒る美月。
でも、その表情も可愛い。
参考書を買い終えて、書店を出る。
「せっかく出てきたし、どこか寄ってく?」
美月の提案に、俺の心臓が跳ねる。
これって、デートの延長みたいな?
「い、いいけど」
「じゃあ、クレープ食べたい」
「またスイーツか」
「いいじゃん、女の子はスイーツが好きなの」
「はいはい」
駅前のクレープ屋に向かう。
土曜日ということもあって、結構混んでいた。
「何にする?」
「いちごスペシャル」
「また、いちごか」
「悠真は?」
「チョコバナナ」
「子供っぽい」
「いちごスペシャルも大概だろ」
並んで待っている間、美月が言った。
「そういえば、明日ヒマ?」
「明日? 日曜日?」
「うん」
「特に予定はないけど」
「じゃあ、宿題一緒にやらない?」
「えー、せっかくの休みに宿題?」
「一人でやるとサボっちゃうから」
「俺がいてもサボるだろ」
「そんなことない! ……たぶん」
自信なさげな美月に苦笑する。
でも、断る理由もない。
むしろ、美月と一緒にいられる理由ができて嬉しい。
「分かった。何時に?」
「10時でいい?」
「了解」
クレープを受け取り、近くのベンチに座る。
「美味しい!」
美月が幸せそうにクレープを食べている。
その横顔を見ていると、なんだか胸が温かくなる。
「悠真のも一口ちょうだい」
「え?」
「交換しよ」
美月がクレープを差し出してくる。
これ、また間接キスパターンじゃないか。
「ほら、早く」
「あ、ああ」
お互いのクレープを交換して、一口ずつ食べる。
「やっぱりチョコバナナも美味しいね」
「いちごも悪くない」
「でしょ?」
美月が得意げに笑う。
この距離感。
近いような、遠いような。
恋人ではないけど、ただの友達でもない。
宙ぶらりんな関係。
「ねえ悠真」
「ん?」
「最近さ、クラスの子に聞かれるんだ」
「何を?」
「悠真と付き合ってるのかって」
ブッ!
俺は危うくクレープを噴き出しそうになった。
「な、なんて答えてるの?」
「幼馴染だって」
「そ、そうか」
なんだ、やっぱりそうか。
でも美月は続けた。
「でもね、最近思うの」
「何を?」
「幼馴染って、便利な言葉だなって」
「便利?」
「だって、これ以上でも以下でもないって意味でしょ?」
美月の言葉に、俺は返答に困った。
確かに、幼馴染という関係は曖昧だ。
特別だけど、恋人じゃない。
「悠真はさ」
「ん?」
「私のこと、どう思ってる?」
真っ直ぐな質問。
逃げ場のない問い。
これ、完全に重要選択肢じゃないか。
ゲームなら、ここでの返答次第でルートが分岐する。
でも、現実にはやり直しがきかない。
「……大切な存在」
「大切?」
「うん。美月は、俺にとって大切な人だ」
我ながら、曖昧な答えだ。
でも、今の俺にはこれが精一杯。
美月は少し考えるような顔をしてから、微笑んだ。
「私も、悠真のこと大切に思ってる」
「そ、そうか」
「うん」
なんだこの空気。
甘いような、もどかしいような。
「あ、もうこんな時間」
美月が時計を見て立ち上がる。
「帰ろっか」
「ああ」
帰り道、夕日が街を赤く染めていく。
さっきの会話のせいか、なんとなく無言で歩く。
でも、不思議と気まずくはない。
「今日は楽しかった」
家の前で、美月が言った。
「俺も」
「明日、忘れないでね」
「分かってる」
「じゃあ、また明日」
「ああ、また明日」
美月が家に入っていくのを見送る。
その後ろ姿を見ながら、俺は思う。
今日は何回イベントCGっぽい瞬間があっただろう。
書店での一幕。
クレープを食べる美月。
夕日に照らされた横顔。
でも、一番印象に残ったのは——
『私も、悠真のこと大切に思ってる』
その言葉と、その時の美月の表情だった。
ゲームのCGなんかより、ずっと——
「何やってんだ、俺」
一人呟いて、家に入る。
明日、美月が来る。
宿題をやるだけのはずなのに、なんでこんなにドキドキしてるんだろう。
やっぱり俺は、美月のことが——
その夜、俺は部屋の片付けに精を出した。
別に、美月が来るからじゃない。
たまたま掃除したくなっただけだ。
本当に。
……誰に言い訳してるんだ、俺は。