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第6章 幼馴染ルートの難易度

火曜日の朝。

昨日の嫉妬イベント(?)から一夜明けて、俺は緊張しながら玄関のチャイムを待っていた。

ピンポーン。

「悠真ー、おはよう!」

ドアを開けると、いつも通りの笑顔の美月がいた。

本当に、いつも通りだった。

「お、おはよう」

「どうしたの? なんか変な顔」

「いや、別に」

昨日のことなんて、なかったかのような態度。

これはこれで、逆に気になる。

「じゃ、行こっか」

「ああ」

通学路を歩きながら、俺は考える。

ゲームで言うところの「幼馴染ルート」は、一般的に難易度が高いとされている。

なぜなら——

  1. 既に関係が出来上がっているため、発展させにくい
  2. 「今更」感が邪魔をする
  3. 関係を壊すリスクが高い

まさに今の俺と美月の状況だ。

「ねえ悠真」

「ん?」

「昨日はごめんね」

美月が突然謝ってきた。

「え?」

「なんか変に怒っちゃって。子供みたいだった」

「いや、別に……」

「でもね」

美月が立ち止まる。

「悠真が他の女の子と仲良くしてるの見ると、なんかモヤモヤするの」

「それは昨日も聞いた」

「うん。でも、その理由が分かったの」

「理由?」

美月が少し頬を赤らめる。

「私、悠真のこと独占したいんだって」

は?

「い、いや、変な意味じゃなくて!」

美月が慌てて手を振る。

「ずっと一緒にいたから、悠真は私のものって思ってたっていうか」

「俺は物じゃないぞ」

「分かってる! でも、なんていうか……」

美月が言葉に詰まる。

これは、告白フラグ?

いや、違う。

美月の様子を見る限り、まだ自分の気持ちに整理がついていない感じだ。

「とにかく!」

美月が話を切り上げる。

「これからも今まで通り、仲良くしてね」

「もちろん」

「良かった」

美月がホッとしたように微笑む。

でも、これでいいのか?

今まで通りで。

教室に着いて、席に座る。

朝のホームルームまでの時間、俺はぼんやりと考え事をしていた。

「おはよう、神崎くん」

また委員長だ。

「あ、おはよう」

「昨日はありがとう。おかげで宿題できたよ」

「そりゃ良かった」

チラリと美月の方を見る。

美月もこっちを見ていた。

でも今日は、昨日みたいな不機嫌な顔じゃない。

ただ、じーっと観察してる感じ。

なんだこれ。

監視されてる?

休み時間。

美月がやってきた。

「悠真、委員長と仲良いんだね」

また、その話題か。

「別に普通だって」

「ふーん」

美月が俺の顔を覗き込む。

「委員長のこと、どう思う?」

「どうって……クラスメイトだよ」

「それだけ?」

「それだけ」

「本当に?」

「本当」

美月がしばらく俺を見つめてから、ニコッと笑った。

「そっか。良かった」

「良かったって何が」

「別に〜」

美月が鼻歌を歌いながら自分の席に戻っていく。

なんなんだ、一体。

昼休み。

今日は美月と一緒に昼飯を食べることができた。

「悠真のお弁当、今日も地味だね」

「うるさい。栄養バランスは考えてる」

「でも彩りが……」

美月が自分の弁当から唐揚げを一つ、俺の弁当に入れてくれる。

「はい、これで少しマシになった」

「ありがとう」

「お礼はいいよ。代わりに——」

美月が俺の弁当を指差す。

「その卵焼き、一切れちょうだい」

「どうぞ」

お互いのおかずを交換する。

これも、もう何年も続いている日常だ。

でも最近、この何気ないやり取りが、特別なものに感じる。

「そういえば悠真」

「ん?」

「今度の日曜日、暇?」

「特に予定はないけど」

「じゃあさ、映画でも見に行かない?」

映画。

二人で。

日曜日に。

これって、デート?

「い、いいけど」

「やった! じゃあ何見る?」

「美月が見たいやつでいいよ」

「本当? じゃあ恋愛映画!」

げっ。

一番苦手なジャンルだ。

「やっぱり俺も選んでいい?」

「ダメ。もう決めた」

「横暴だ」

「幼馴染特権」

そんなものがあるのか。

でも、美月が楽しそうだから、まあいいか。

放課後。

今日は二人とも用事がないので、一緒に帰ることに。

「ねえ悠真」

「なんだよ、今日は『ねえ悠真』が多いな」

「いいじゃん。聞きたいことがあるの」

「何?」

「もし私に彼氏ができたら、どうする?」

突然の爆弾発言に、俺は歩みを止めた。

「な、なんだよ急に」

「仮の話」

「仮の話でも……」

想像したくない。

美月が他の男と一緒にいるところなんて。

「やっぱり、今まで通りには会えなくなるよね」

美月が続ける。

「朝、迎えに行くのも」

「昼飯一緒に食べるのも」

「こうやって一緒に帰るのも」

一つ一つ挙げられるたびに、胸が締め付けられる。

「全部、できなくなる」

美月が立ち止まって、俺を見上げる。

「悠真は、それでいいの?」

これは、完全に重要選択肢だ。

ここでの答え次第で、ルートが決まる。

でも、答えは決まっている。

「よくない」

「え?」

「よくないよ、そんなの」

俺は美月の目を真っ直ぐ見る。

「俺は、美月とずっと一緒にいたい」

美月の目が大きくなる。

頬が赤く染まっていく。

「そ、それって……」

「あ、いや、その……」

我に返った。

今、俺、何言った?

実質告白じゃないか。

「ご、ごめん! 変なこと言って」

「ううん」

美月が首を振る。

「嬉しかった」

「え?」

「私も、悠真とずっと一緒にいたい」

美月がそう言って、優しく微笑む。

これは——

いい雰囲気じゃないか。

告白するなら今?

でも、場所が通学路の真ん中。

ロマンチックさのかけらもない。

「あ、あのさ——」

「あ!」

美月が突然声を上げる。

「もうこんな時間! 今日、歯医者の予約入れてた!」

「え?」

「ごめん悠真、先に行くね!」

「お、おい!」

美月は走って行ってしまった。

一人残された俺。

なんだったんだ、今の流れ。

いいところだったのに。

これが現実の難しさか。

ゲームみたいに、都合よくイベントが進行しない。

でも、確実に前進している。

美月も俺と一緒にいたいと言ってくれた。

日曜日は映画に行く約束もした。

幼馴染ルートの難易度は高い。

でも、攻略不可能じゃない。

そう信じて、俺は家路についた。

夜、美月からメッセージが来た。

『今日はごめんね、急に走って行っちゃって』

『別に気にしてない』

『本当は、もう少し一緒にいたかった』

『俺も』

『日曜日、楽しみにしてる』

『俺も』

『同じ返事ばっかり(笑)』

『語彙力がないんだ』

『もう、悠真らしい』

『おやすみ』

『おやすみ』

メッセージのやり取りを見返して、俺は思う。

これって、もう付き合ってるみたいじゃないか。

でも、まだ告白してない。

正式に付き合ってもいない。

宙ぶらりんな関係。

でも、それも悪くない。

少しずつ、確実に、美月との距離が縮まっている。

幼馴染ルートは難しい。

でも、だからこそ、クリアした時の達成感は格別なはずだ。

日曜日。

勝負の日が近づいている。