第8章 好感度パラメータの可視化
木曜日の朝。
約束通り、いつもより10分早く家を出た。
美月は既に俺の家の前で待っていた。
「おはよう、悠真」
「おはよう。で、なんで早く?」
「えっとね……」
美月が少し恥ずかしそうに、手に持っていた袋を差し出す。
「はい、これ」
「なに?」
「お弁当」
「え?」
「昨日、悠真のお弁当が地味だなーって思って。だから作ってきた」
美月が照れくさそうに笑う。
「迷惑だった?」
「迷惑なわけない! すごく嬉しい」
「良かった」
美月がホッとしたように息をつく。
これ、完全に好感度MAXイベントじゃないか。
ゲームなら画面に『美月の好感度が最大値に達しました!』って表示されるレベル。
「でも、なんで急に?」
「だって……」
美月が俯く。
「昨日、佐藤さんと一緒にいたでしょ?」
「それが?」
「なんか、悔しくて」
美月の頬が赤い。
「私の方が、悠真のこと分かってるのにって」
「美月……」
「だから、お弁当で勝負!」
意味が分からないけど、美月らしい。
「ありがとう。大切に食べるよ」
「うん!」
美月が嬉しそうに笑う。
この笑顔、プライスレス。
教室に着いて、席に座る。
弁当の時間が待ち遠しい。
「おはよう、神崎くん」
委員長が挨拶してくる。
「おはよう」
「今日は機嫌良さそうね」
「そう?」
「うん、なんかニヤニヤしてる」
げ、顔に出てたか。
チラリと美月を見ると、こっちを見てニコッと笑った。
やばい。
好感度パラメータが可視化されたら、間違いなくカンストしてる。
授業中も、弁当のことが気になって集中できない。
ノートを取りながら、チラチラと時計を見る。
まだ2時間目か……。
ゲームなら時間をスキップできるのに。
やっと昼休み。
美月が俺の席にやってきた。
「お弁当、一緒に食べよ」
「もちろん」
屋上に上がる。
今日は天気がいい。
「じゃあ、開けて」
美月がワクワクした顔で見ている。
弁当箱を開けると——
「おお……」
色とりどりのおかずが、綺麗に詰められている。
唐揚げ、卵焼き、ウインナー、ほうれん草のお浸し、プチトマト。
そして、ご飯の上には海苔で描かれた顔。
「これ、俺?」
「そう! 似てる?」
「……微妙」
「ひどい!」
美月が頬を膨らませる。
でも、すぐに笑顔になった。
「でも、美味しければいいよね」
「うん、いただきます」
唐揚げを一つ、口に入れる。
「美味い!」
「本当?」
「うん、すごく美味しい」
「良かったー」
美月が安心したように胸を撫で下ろす。
「実は昨日の夜、練習したんだ」
「俺のために?」
「う、うん」
美月が恥ずかしそうに頷く。
もう、可愛すぎる。
好感度メーター振り切れてる。
「美月も食べる?」
「いいの?」
「もちろん。美月が作ったんだし」
一緒に弁当を食べる。
なんだろう、この幸せな時間。
ゲームでは味わえない、現実だけの特権。
「ねえ悠真」
「ん?」
「美味しい?」
「さっきも言ったじゃん、美味しいって」
「もう一回聞きたい」
「美味しい」
「もう一回」
「美味しい」
「えへへ」
美月が幸せそうに笑う。
この笑顔のためなら、何回でも言える。
「そういえば悠真」
「なに?」
「最近、変わったよね」
「変わった?」
「うん。前より素直になった」
「そうかな」
「『美月が一番』とか『美月の方が可愛い』とか」
「!」
そういえば、最近そんなこと言ってた。
「恥ずかしい?」
「ちょっと」
「でも、嬉しい」
美月が俺の目を見つめる。
「悠真の気持ちが、ちゃんと伝わってくるから」
「美月……」
いい雰囲気だ。
告白するなら今?
でも、また邪魔が——
「あ、チャイム鳴っちゃう」
美月が時計を見て立ち上がる。
「片付けよっか」
「ああ」
またタイミングを逃した。
でも、焦ることはない。
日曜日がある。
教室に戻る途中、美月が言った。
「明日もお弁当作ってきていい?」
「え? でも悪いよ」
「悪くない。私が作りたいの」
「じゃあ、お願い」
「うん!」
放課後。
今日も一緒に帰る。
「ねえ悠真」
「またなに?」
「もし、好感度が数字で見えたら」
「は?」
「私の悠真への好感度、何点くらいだと思う?」
突然の質問に面食らう。
しかも、ゲーム用語を使ってくるとは。
「えーと……80点くらい?」
「ブー」
「じゃあ90点」
「ブー」
「95点?」
「ブー」
「じゃあ何点なんだよ」
「100点」
美月がいたずらっぽく笑う。
「もうカンストしてる」
「カンスト?」
「上限まで行っちゃってるってこと」
美月もゲーム用語知ってるんだ。
「でもね」
美月が続ける。
「悠真の私への好感度は、まだ90点くらいかな」
「なんでだよ」
「だって、まだ言ってくれないもん」
「何を?」
「大事なこと」
美月が意味深に微笑む。
ああ、そういうことか。
告白しろってことか。
「日曜日」
「え?」
「日曜日に、100点にする」
俺の言葉に、美月の目が大きくなる。
「本当?」
「約束する」
「……楽しみにしてる」
美月が嬉しそうに、でも少し恥ずかしそうに笑った。
家に着いて、別れる時。
「じゃあね、悠真」
「ああ」
「あ、そうだ」
美月が振り返る。
「好感度、見えなくて良かったね」
「なんで?」
「だって、見えたら面白くないもん」
「確かに」
「相手の気持ちを想像して、不安になって、でも信じて」
美月が優しく微笑む。
「それが恋愛の醍醐味でしょ?」
そう言って、美月は家に入っていった。
その通りだ。
好感度なんて見えなくていい。
大事なのは、相手を思う気持ちと、それを伝える勇気。
日曜日。
いよいよ、その時が来る。