第10章 転校生イベントの予感
土曜日の朝。
明日はいよいよ美月とのデート。
そんな大事な前日に、母親が爆弾を投下した。
「そういえば悠真、来週から転校生が来るらしいわよ」
「へー」
朝食を食べながら、適当に返事をする。
「お隣の家に引っ越してくるんですって」
「ふーん」
って、隣!?
「ちょっと待って、隣って美月の家の隣?」
「そうよ。美月ちゃんの家の反対側」
つまり、俺の家から見て、美月の家の向こう側。
なんだこの配置。
完全にギャルゲーの転校生イベントじゃないか。
しかも美月の家の近くとか、フラグ立ちすぎだろ。
「女の子らしいわよ」
「……そう」
やっぱり。
転校生、女子、隣の家。
役満だ。
でも、俺には美月がいる。
転校生イベントなんて関係ない。
そう思いながら、部屋でゲームをしていると、スマホが鳴った。
美月からだ。
『悠真、聞いた?』
『何を?』
『来週、転校生が来るって』
『ああ、さっき母さんから聞いた』
『しかも私の家の隣に引っ越してくるんだって』
『知ってる』
『女の子らしいよ』
なんだこの情報共有。
美月も気にしてるのか?
『それで?』
『別に……ただ、悠真に教えようと思って』
『ありがとう』
『あ、そうだ。明日の服、決まった?』
話題が変わってホッとする。
『一応』
『私も決めた! 楽しみにしてて』
『楽しみにしてる』
『じゃあ、明日ね』
『うん、明日』
電話を切って、また考える。
転校生か……。
ゲームなら、ここで新ヒロインが登場して、主人公の心が揺れる展開。
でも、現実の俺の心は揺れない。
だって、明日——
明日、美月に告白するんだから。
夕方、コンビニに買い物に行った帰り。
美月の家の前を通ると、隣の家に引っ越しトラックが止まっていた。
もう引っ越してきたのか。
「あら、悠真くん」
美月の母さんが庭から顔を出した。
「こんにちは」
「引っ越しの挨拶に来てくれたのよ。とても可愛い子だったわ」
「そうですか」
「美月と同い年らしいから、仲良くしてあげてね」
「はい」
美月の母さんと話していると、美月も出てきた。
「あ、悠真」
「よ」
「見た? 引っ越しトラック」
「今見た」
「もう挨拶来たんだって」
「知ってる」
二人で引っ越しトラックを眺める。
「なんか、ドキドキするね」
「何が?」
「新しい友達ができるかもって」
美月は純粋に楽しみにしているらしい。
それを見て、少し安心する。
美月は、転校生を恋のライバルとして見てない。
「悠真は?」
「俺は別に」
「冷たいなー」
「だって、知らない人だし」
「でも、クラスメイトになるんでしょ?」
「まあ、そうだけど」
美月が俺の顔を覗き込む。
「もしかして、緊張してる?」
「してない」
「女の子だから?」
「関係ない」
「ふーん」
美月がニヤニヤする。
「でも、安心して」
「何が?」
「私は悠真の味方だから」
突然の宣言に、心臓が跳ねる。
「な、なんだよ急に」
「だって、悠真は私のものだもん」
「また物扱い」
「あ、違った。悠真は私の——」
美月が言いかけて、顔を赤らめる。
「私の、なに?」
「……内緒」
「なんだよそれ」
「明日のお楽しみ」
美月がいたずらっぽく笑って、家に入っていった。
明日のお楽しみ、か。
俺も、明日を楽しみにしてる。
転校生?
そんなの、どうでもいい。
俺の目には、美月しか映ってないから。
夜、ベッドに入ってからも眠れない。
明日のことを考えると、緊張で心臓がバクバクする。
告白の言葉、ちゃんと言えるかな。
美月は、なんて答えてくれるかな。
そんなことを考えていると、スマホが震えた。
美月からだ。
『眠れない』
『奇遇だな、俺も』
『緊張してる?』
『してる』
『私も』
『でも、楽しみ』
『俺も楽しみ』
『明日、いい日になるといいね』
『きっといい日になるよ』
『うん』
『おやすみ、美月』
『おやすみ、悠真』
『明日ね』
『明日ね』
メッセージのやり取りを見返して、ニヤニヤが止まらない。
転校生イベントの予感?
そんなもの、吹き飛ばしてやる。
明日は、俺と美月の特別な日になる。
そう信じて、俺はようやく眠りについた。