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第14章 バッドエンドフラグ

水曜日の放課後。

俺は一人で教室に残っていた。

美月は図書委員会の仕事で、先に帰ってしまった。

「神崎くん、まだいたんだ」

振り返ると、琴音が立っていた。

「ちょうど良かった。話があるの」

「話?」

「うん、大事な話」

琴音が俺の隣の席に座る。

近い。

「あのさ、単刀直入に聞くね」

「な、なに?」

「神崎くん、美月ちゃんと付き合ってるでしょ?」

ドキッ。

図星だった。

「な、なんでそう思うの?」

「だって、見てれば分かるよ」

琴音が苦笑する。

「二人とも、隠すの下手すぎ」

「……そうか」

否定する意味もない。

「うん、付き合ってる」

「やっぱり」

琴音がため息をつく。

「いつから?」

「日曜日から」

「つい最近じゃん」

「そうだね」

沈黙が流れる。

これって、どういう展開?

「私ね」

琴音が口を開く。

「神崎くんのこと、いいなって思ってた」

「え?」

「優しいし、面白いし」

「でも、会ったばかりじゃ……」

「一目惚れってやつかな」

琴音が寂しそうに笑う。

これ、完全にバッドエンドフラグじゃないか。

「でも、もう遅いよね」

「琴音……」

「大丈夫、諦める」

そう言いながらも、琴音の目には涙が浮かんでいた。

「ごめん」

「謝らないで。神崎くんは悪くない」

琴音が立ち上がる。

「美月ちゃんを大切にしてね」

「もちろん」

「じゃあ、また明日」

琴音が教室を出て行く。

その後ろ姿が、なんだか切なかった。

帰り道、美月からメッセージが来た。

『ごめん、先に帰っちゃって』

『大丈夫。委員会お疲れ様』

『もう帰った?』

『今帰るところ』

『そっか』

なんとなく、琴音のことは言えなかった。

言うべきか、言わざるべきか。

ゲームなら、ここで選択肢が出る。

【選択肢】 1. 琴音との会話を正直に話す 2. 黙っている

でも、現実に選択肢は表示されない。

結局、俺は黙っていることを選んだ。

これが、後々響いてくるとも知らずに。

木曜日。

朝、美月と登校する。

「おはよう、悠真」

「おはよう」

いつも通りの朝。

でも、俺の心には罪悪感があった。

教室に入ると、琴音が既に来ていた。

「おはよう、二人とも」

「おはよう」

琴音の態度は、昨日と変わらない。

明るく、朗らかで。

でも、どこか無理をしているように見えた。

昼休み。

今日も三人で昼食。

「あ、そうだ」

琴音がカバンから弁当箱を取り出す。

「約束通り、作ってきたよ」

「え?」

「神崎くんに食べてもらおうと思って」

美月の箸が止まる。

「でも、俺は美月の弁当が……」

「一口だけでいいから」

琴音が唐揚げを差し出してくる。

断りづらい雰囲気。

美月の視線を感じながら、一口食べる。

「美味しい」

「本当? 良かった」

琴音が嬉しそうに笑う。

でも、美月は黙って自分の弁当を食べている。

明らかに機嫌が悪い。

午後の授業中、美月から小さなメモが回ってきた。

『なんで食べたの?』

『断れなくて』

『私の弁当じゃダメなの?』

『そんなことない』

『じゃあなんで』

やり取りを続けていると、先生に見つかった。

「神崎、白河、授業に集中しろ」

「すみません」

二人で謝る。

放課後、美月は無言で帰ってしまった。

追いかけようとしたら、琴音に呼び止められた。

「ごめんね」

「何が?」

「お弁当のこと。美月ちゃん、怒ってるよね」

「まあ……」

「私が悪いの。分かってて、やっちゃった」

琴音が俯く。

「諦めるって言ったのに、諦めきれなくて」

「琴音……」

「最低だよね、私」

そんなことはない、と言いたかった。

でも、それは美月を裏切ることになる。

「……帰った方がいい」

「そうだね」

琴音が寂しそうに笑って、帰っていった。

家に帰ってから、美月にメッセージを送る。

『ごめん』

既読がつくけど、返事が来ない。

『明日、ちゃんと話そう』

『お弁当は美月のが一番美味しい』

『美月?』

30分後、やっと返事が来た。

『分かった』

『明日話そう』

短い返事。

でも、許してくれたみたいだ。

ホッとする。

でも、このままじゃダメだ。

琴音の気持ち。

美月の不安。

俺の優柔不断。

全部が絡み合って、バッドエンドに向かっている気がする。

ゲームなら、ここでリセットしてやり直すところだ。

でも、現実にはリセットボタンなんてない。

自分の選択の結果を、受け止めるしかない。

明日、ちゃんと美月と話そう。

そして、琴音とも。

このモヤモヤした状況を、何とかしないと。

バッドエンドフラグを回避するために。