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第19章 セーブデータがない現実

火曜日の放課後。

美月と付き合っていることが学校中に知れ渡って2日目。

騒ぎも少し落ち着いてきた。

「やっと平和になったね」

美月が安堵のため息をつく。

「みんな、飽きるの早いな」

「次の話題ができたからじゃない?」

「次の話題?」

「3年の先輩カップルが別れたって」

「あー」

人の噂も七十五日。

いや、この場合は二日か。

図書室で一緒に勉強していると、佐藤さんがやってきた。

「二人とも、勉強?」

「テスト近いからね」

「仲良しで羨ましい」

佐藤さんが微笑む。

「あの、佐藤さん」

「何?」

「この前はありがとう」

俺が頭を下げると、佐藤さんは首を振った。

「お礼を言われることじゃない」

「でも、佐藤さんの助言のおかげで——」

「それは神崎くんが頑張ったから」

「佐藤さん……」

美月も頭を下げる。

「私からもありがとう」

「もう、二人してやめてよ」

佐藤さんが照れる。

「ただ、一つ言わせて」

「うん」

「これから先、もっと大変なことがあるかもしれない」

佐藤さんが真剣な顔で言う。

「恋愛にセーブデータはないから」

ゲーム用語を使った例え。

でも、的確だ。

「失敗したら、やり直せない」

「分かってる」

「だから、大切にして。一瞬一瞬を」

「はい」

佐藤さんが去った後、美月が呟いた。

「佐藤さん、大人だね」

「うん」

「私たちより、ずっと」

確かに、佐藤さんは達観している。

まるで、何かを経験したかのように。

勉強を終えて、帰り道。

「ねえ悠真」

「ん?」

「もし、やり直せるとしたら」

「やり直す?」

「うん。出会いからやり直せるとしたら、どうする?」

面白い質問だ。

「そうだな……」

考える。

小学2年生に戻って、また美月と出会う。

でも、今度は違う接し方をする?

もっと早く気持ちに気づく?

「やり直さない」

「え?」

「だって、今の関係があるのは、今までの積み重ねがあるから」

「でも、もっと早く付き合えたかも」

「それは分からない」

俺は美月の顔を見る。

「失敗も、すれ違いも、全部あって今がある」

「悠真……」

「だから、やり直さない。今が一番」

美月が俺の腕に抱きつく。

「私も同じ」

「そう?」

「うん。全部必要だった」

ゲームなら、セーブしてやり直せる。

最適解を見つけるまで、何度でも。

でも、現実は一度きり。

だからこそ、尊い。

「あ、そうだ」

美月が思い出したように言う。

「今度の日曜日、空いてる?」

「空いてるけど」

「じゃあ、デートしよう」

「いいね。どこ行く?」

「遊園地!」

「遊園地か……」

「嫌?」

「いや、楽しみ」

美月が嬉しそうに跳ねる。

「絶叫マシン乗ろう」

「げ、マジで?」

「怖いの?」

「そんなことない」

強がってみる。

本当は苦手だけど。

「じゃあ、一番怖いやつから」

「お手柔らかに……」

美月が笑う。

こんな他愛ない会話。

でも、これが幸せ。

セーブデータがない現実。

でも、だからこそ、毎日を大切にできる。

「悠真」

「ん?」

「好き」

「俺も好き」

お決まりのやり取り。

でも、何度言っても飽きない。

むしろ、言うたびに想いが深まる。

これが、リアルな恋愛。

ゲームじゃ味わえない、本物の感情。

家に着いて、別れ際。

「じゃあね」

「うん、また明日」

「あ、悠真」

「何?」

「今日のこと、セーブしたい」

「できないよ」

「分かってる。でも、心にセーブ」

美月が胸に手を当てる。

「ずっと覚えてる」

「俺も」

セーブデータがない現実。

でも、記憶という名のセーブがある。

大切な思い出は、心に刻まれる。

それで十分だ。