第24章 素直になれない理由
文化祭まで、あと3日。
放課後の教室は、準備で大忙しだった。
「神崎、この背景もうちょっと右!」
「了解」
俺は演劇の背景画を担当している。
美月は小道具作成班。
同じ教室にいるけど、それぞれ忙しい。
「あ、白河さん」
クラスメイトが美月を呼ぶ。
「この花の配置、どう思う?」
「うーん、もう少し左かな」
「やっぱり?」
美月が的確にアドバイスしている。
頼りにされている証拠だ。
でも——
「白河さん、センスいいよね」
「そんなことないよ」
「彼氏さんも鼻が高いでしょ」
男子生徒の何気ない一言。
美月がチラッと俺を見る。
俺も作業の手を止めて、美月を見る。
一瞬の沈黙。
そして——
「彼氏なんていないよ」
美月がそう答えた。
は?
手に持っていた筆が落ちる。
「え? でも神崎と——」
「幼馴染だよ、ただの」
美月があっさりと否定する。
なんで?
俺たち、付き合ってるよね?
「そうなんだ。てっきり」
「みんな勘違いしすぎ」
美月が苦笑する。
でも、その笑顔が不自然だ。
作業が終わって、みんなが帰り始める。
俺は美月を呼び止めた。
「美月、ちょっと」
「なに?」
「さっきの、どういう意味?」
「さっきの?」
とぼける美月。
「彼氏いないって」
「ああ、あれ」
美月が目を逸らす。
「だって、面倒じゃん」
「面倒?」
「みんなに冷やかされるし」
「でも——」
「それに」
美月が俺を見る。
「悠真も嫌でしょ? 注目されるの」
「別に嫌じゃない」
「本当?」
「本当」
美月が黙り込む。
何か隠している。
「本当の理由は?」
「……」
「美月」
「分からない」
美月が小さく呟く。
「なんで、あんなこと言っちゃったんだろう」
「素直になれなかった?」
「多分」
美月が俯く。
「最近、なんか不安で」
「不安?」
「悠真との関係が、夢みたいで」
「夢じゃない」
「分かってる。でも——」
美月が俺を見上げる。
「幸せすぎて、怖い」
なるほど。
美月は、幸せを実感できないでいる。
両親と離れて、環境も変わって。
不安定になっているんだ。
「美月」
俺は美月の手を取る。
「これは現実だ」
「でも——」
「俺は美月の彼氏」
「悠真……」
「それは変わらない」
美月の目に涙が浮かぶ。
「ごめん」
「謝らなくていい」
「でも、悠真を否定しちゃった」
「気にしてない」
本当は、少し傷ついた。
でも、美月の気持ちも分かる。
「明日から、ちゃんと言う」
「無理しなくていい」
「でも——」
「美月のペースでいい」
美月が俺に抱きついてくる。
「ありがとう」
「うん」
素直になれない理由。
それは人それぞれ。
美月の場合は、幸せへの不安。
でも、時間が解決してくれる。
焦る必要はない。
「帰ろうか」
「うん」
手を繋いで、教室を出る。
廊下で、琴音とすれ違った。
「あ、二人とも。準備順調?」
「まあまあかな」
「うちのクラスは大変」
琴音が苦笑する。
「あ、そうだ」
琴音が思い出したように言う。
「二人って、付き合ってるんだよね?」
直球な質問。
美月が固まる。
さっきの件があるから、答えづらい。
でも——
「うん、付き合ってる」
俺が答えた。
「やっぱり! お似合いだもん」
「ありがとう」
「文化祭、一緒に回るの?」
「そのつもり」
「いいなー。私も彼氏欲しい」
琴音が冗談めかして言う。
でも、もう俺への未練はなさそうだ。
良かった。
琴音が去った後、美月が呟いた。
「ありがとう」
「何が?」
「付き合ってるって、言ってくれて」
「当たり前だろ」
「でも、私——」
「美月は美月のタイミングでいい」
「うん」
また手を繋ぐ。
今度は、美月から。
少しずつ、素直になれる日が来る。
それまで、俺は待つ。
美月のペースで。
二人のペースで。
それが、本当の愛情だと思うから。