第26章 ゲームでは描けないもの
文化祭の興奮も冷めやらぬ、次の週末。
俺の部屋で、美月と一緒にゲームをしていた。
「これ、どうやるの?」
「ここでジャンプして、攻撃」
「難しい〜」
美月がコントローラーと格闘している。
最近、美月もゲームに興味を持ち始めた。
俺の趣味を理解しようとしてくれている。
「あ! また死んだ!」
「力入りすぎ」
「だって難しいんだもん」
頬を膨らませる美月が可愛い。
「ちょっと休憩しよう」
「うん」
ゲームを中断して、ベッドに並んで座る。
「ねえ悠真」
「ん?」
「ゲームって楽しい?」
「楽しいよ」
「どんなところが?」
考える。
「達成感かな」
「達成感?」
「困難を乗り越えた時の喜び」
「なるほど」
美月が頷く。
「あと、物語を体験できること」
「体験?」
「主人公になって、冒険したり、恋愛したり」
「へー」
美月が興味深そうに聞いている。
「でも」
俺は美月を見る。
「現実の方が面白い」
「え?」
「ゲームは所詮、作られた物語」
「うん」
「でも、現実は予測不能」
美月が首を傾げる。
「例えば?」
「美月との関係」
「私たち?」
「ゲームなら、幼馴染ルートは定番」
「そうなの?」
「でも、現実の俺たちは、もっと複雑」
俺は続ける。
「すれ違ったり、嫉妬したり、不安になったり」
「確かに」
「でも、だからこそ面白い」
美月が微笑む。
「ゲームみたいに、簡単じゃないもんね」
「そう」
「選択肢も見えないし」
「セーブもできない」
「やり直しもきかない」
「でも——」
俺は美月の手を握る。
「だからこそ、大切」
「うん」
美月が俺の手を握り返す。
「ゲームでは描けないもの」
「それは?」
「この温もり」
手と手が触れ合う感覚。
「この鼓動」
お互いの心臓の音が聞こえそう。
「この瞬間」
今、この時、二人でいること。
「全部、リアルだから価値がある」
美月が俺に寄りかかる。
「私、ゲームのこと誤解してた」
「誤解?」
「現実逃避だと思ってた」
「まあ、そういう面もある」
「でも、違うんだね」
美月が顔を上げる。
「ゲームがあったから、現実の大切さが分かる」
「そうかも」
「比較対象があるから、価値が分かる」
さすが美月、理解が早い。
「でも、悠真」
「なに?」
「私は、ゲームより現実の悠真が好き」
「俺も、現実の美月が好き」
顔を見合わせて、笑う。
そして、自然にキスをする。
ゲームでは、キスシーンはCGで表現される。
美しく、完璧に描かれた一枚絵。
でも、現実のキスは違う。
不器用で、完璧じゃなくて、でも温かい。
「ねえ悠真」
「ん?」
「私たちの物語、ゲームにしたら売れるかな」
「どうだろう」
「地味すぎ?」
「かもね」
「でも、私は好き」
「俺も」
地味で、平凡で、特別なイベントもない。
でも、確かにここにある、俺たちの物語。
ゲームでは描けないもの。
それは、日常の中にある小さな幸せ。
美月との何気ない会話。
一緒に過ごす時間。
手を繋ぐ温もり。
全部が、かけがえのない宝物。
「また、ゲームやる?」
「うん! 今度こそクリアする」
「頑張って」
美月がコントローラーを握り直す。
真剣な表情で、画面に向かう。
その横顔を見ながら、俺は思う。
ゲームも楽しい。
でも、美月といる現実の方が、もっと楽しい。
これが、俺の選んだ人生。
後悔なんて、一つもない。