第1章 観測者の資格¶
第3節 最初の観測¶
私は『ユーリ・セリグ:分岐A-1』と書かれた本を手に取った。
本を開いた瞬間、世界が変わった。
私はもはや図書館にいない。七歳の私として、燃えていない教会の中にいた。美しいステンドグラスから色とりどりの光が差し込み、荘厳な讃美歌が響いている。
「ユーリ、今日は特別な日です」
神父が私に微笑みかけた。現実の記憶では、この神父は火事で亡くなったはずだった。しかし、この分岐では彼は生きている。
「特別な日?」
「あなたの洗礼式です」
洗礼式—私は実際には受けたことがない儀式。火事の直後、両親は信仰を失い、私たちは教会から離れた。しかし、この世界では火事は起きなかった。
儀式が進む中で、私は奇妙な体験をした。神父が私の額に聖水をつけた瞬間、何かが私の中に入ってきたのだ。暖かく、優しく、しかし圧倒的な存在感を持つ何かが。
「神様—」
七歳の私が呟いた。それは疑問ではなく、確信だった。神の存在を、直接体験したのだ。
時間が早送りされた。十歳、十五歳、二十歳—この分岐の私は、ずっと信仰を保ち続けた。神学部に進学し、優秀な成績で卒業し、神父になった。
二十五歳の私は、小さな教会で説教をしていた。
「神は愛です」私は会衆に語りかけた。「しかし、その愛は試練を伴います。なぜなら、簡単に得られる愛に価値はないからです」
会衆の中に、見覚えのある顔があった。現実世界で私が研究していた同僚たちだ。しかし、この世界では彼らは信者だった。
三十歳、三十五歳—私は司教に昇進し、やがて大司教になった。そして四十歳の時、奇跡が起きた。
私は量子力学と神学を融合させた理論を発表したのだ。
「神の意志は量子レベルで作用する」私は論文に書いた。「人間の選択は完全に自由だが、その結果は神の摂理によって導かれる」
この理論は世界的な注目を集めた。科学者たちは驚き、神学者たちは歓喜した。信仰と理性の完璧な調和が実現したのだ。
しかし—
五十歳の私は、深い苦悩を抱えていた。
神と直接対話できる能力を得た私は、一つの事実を知ってしまった。神もまた、深く苦しんでいることを。
「なぜ苦しまれるのですか?」私は祈りの中で尋ねた。
「全てを知ることは、重い責任を伴う」神の声が答えた。「人間が苦しむのを見ていることは、私にとって耐え難い痛みだ。しかし、介入すれば自由意志は失われる」
「では、なぜ人間を創造されたのですか?」
「愛するためだ。そして愛されるためだ。しかし、強制された愛に意味はない。自由な意志による愛だけが、真の愛なのだ」
この対話を通じて、私は神学の新たな地平を開いた。「苦悩の神学」—神もまた苦しんでいるという理論だった。
六十歳になった私は、世界中から尊敬される大神学者になっていた。多くの人々が私の教えに従い、信仰を深めた。
しかし、私の心には常に疑問があった。
他の可能性はなかったのだろうか。もし火事が起きていたら?もし神を疑っていたら?
そして、七十歳の時、私は奇妙な夢を見た。
巨大な図書館で、無数の本が並んでいる夢。そこには、異なる人生を歩んだ私の物語が収められていた。
「あなたは選ばれました」夢の中で声が響いた。「全ての選択を記録する者として」
目が覚めた時、私の前に招聘状があった。
優先度Ωの通信—理論上存在しないはずのレベル。
本を閉じると、私はΩライブラリに戻っていた。アイン=ウルが私を見つめている。
「どうでしたか?」彼女が尋ねた。
「信仰を保った私の人生—」私は答えた。「幸せでした。確信に満ちていました。しかし—」
「しかし?」
「疑問もありました。他の可能性について、常に考えていました」
「それが観測者の資格です」アイン=ウルが説明した。「どんな人生を歩んでも、他の可能性を想像できる人間だけが、全体を観測する能力を持つのです」
私は次の本に手を伸ばした。『ユーリ・セリグ:分岐B-1』
今度は、信仰を完全に拒絶した私の人生を見ることになるのだろう。
「準備はいいですか?」アイン=ウルが確認した。
私は頷いた。そして、二冊目の本を開いた。