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第2章 断罪される神

第5節 アイン=ウルの出現

私が最終証言を終えると、法廷内は深い沈黙に包まれた。

ラメク裁判官が判決を下そうとした時、異変が起きた。

法廷の中央に、新たな光が現れたのだ。しかし、それは神の光とは異なっていた。虹色に輝き、見る角度によって形を変える、流動的な光だった。

そして、その光の中からアイン=ウルが現れた。

しかし、私が知っているアイン=ウルとは違っていた。透明だった彼女の身体が実体化し、神々しい威厳を放っている。

「裁判官」彼女の声が法廷に響いた。「私は新たな証人として証言を求めます」

「あなたは何者ですか?」ラメク裁判官が尋ねた。

「私はアイン=ウル」彼女が答えた。「Ωライブラリの管理者であり、全ての観測を記録する者です」

法廷内がざわめいた。

「そして」彼女が続けた。「私は、この裁判の真の目的を証言しに来ました」

「真の目的?」

アイン=ウルは神の光を見上げた。

「この裁判は、人類が神を裁くためのものではありません」彼女が宣言した。「神が人類を試すためのものでもありません」

「では、何のためのものですか?」アダムが質問した。

「成長のためです」アイン=ウルが答えた。「神と人類、両方の成長のためです」

彼女は法廷の中央に歩み出た。

「皆さんは誤解しています」彼女が説明を始めた。「神は完成された存在だと思っている。しかし、それは間違いです」

「どういう意味ですか?」ラメク裁判官が尋ねた。

「神もまた、成長する存在なのです」アイン=ウルが答えた。「全知全能ですが、それは『今すぐ全てを知っている』という意味ではありません。『知ろうと思えば全てを知ることができる』という意味です」

私は驚いた。これは従来の神学とは根本的に異なる考え方だった。

「神は意図的に自分自身を制限しています」アイン=ウルが続けた。「人類と共に経験し、共に成長するために」

「それは可能なのですか?」アダムが懐疑的に尋ねた。

「可能です」神の声が答えた。「私は人間を創造することで、新たな経験を得ました。愛する者が苦しむ痛み、理解されない孤独、正しい道を示せないもどかしさ—これらは、人類を創造する前には知らなかった感情です」

アイン=ウルが頷いた。

「つまり、この宇宙は実験なのです」彼女が説明した。「神と人類が、互いに影響し合いながら成長する実験です」

「しかし、それなら私たちの苦痛は—」誰かが叫んだ。

「無駄ではありません」アイン=ウルが力強く答えた。「あなたたちの苦痛は、神の成長にも寄与しています。そして、神の成長は、より良い世界の創造につながるのです」

私は、この新たな視点に混乱していた。神を絶対的な存在として考えていたが、成長する存在として捉えるとは。

「では、悪や苦痛の存在は正当化されるのですか?」アダムが挑戦的に尋ねた。

「正当化ではなく、意味があるのです」アイン=ウルが答えた。「悪を経験することで、善の価値がわかります。苦痛を経験することで、慈悲の重要性がわかります。そして、これらの経験は神にとっても貴重な学習なのです」

「しかし、個々の苦痛に意味があるとしても」私が質問した。「全体として、この実験は成功なのでしょうか?」

アイン=ウルと神の光が、同時に反応した。

「それが、この裁判の真の目的です」アイン=ウルが答えた。「人類が神を裁くことで、実験の中間評価を行うのです」

「中間評価?」

「そうです」神の声が続いた。「私は人類の判断を聞きたいのです。この創造は成功だったのか、失敗だったのか。続行すべきなのか、修正すべきなのか」

私は驚愕した。神が人類の判断を求めているとは。

「つまり」ラメク裁判官が確認した。「この裁判の判決は、宇宙の未来を決定するということですか?」

「その通りです」アイン=ウルが頷いた。「有罪判決が下されれば、神は創造を修正します。無罪判決が下されれば、現在の方針を継続します」

法廷内が再び静まり返った。この責任の重さに、誰もが圧倒されているようだった。

「ただし」アイン=ウルが付け加えた。「どちらの判決も、完全に正しいということはありません。これもまた、実験の一部なのです」

「では、私たちはどう判断すべきなのですか?」傍聴席の誰かが叫んだ。

「あなたたちの心に従ってください」神の声が答えた。「理論ではなく、体験に基づいて判断してください。あなたたちが実際に生きてきた人生において、この創造に価値があったかどうかを」

アイン=ウルが私を見た。

「特に、観測者であるユーリ・セリグの判断は重要です」彼女が言った。「あなたは複数の可能性を観測し、神と同じ種類の苦悩を体験しました。あなたの判断が、最終的な決定に大きな影響を与えるでしょう」

私は震えた。そんな重大な責任を、私一人で負えるのだろうか。

「時間は十分あります」アイン=ウルが優しく言った。「明日、最終弁論を行います。その後で、判決を下してください」

ラメク裁判官が木槌を打った。

「本日の審理はここまでとします。明日、最終弁論の後に判決を言い渡します」

法廷が解散する中で、私はアイン=ウルに近づいた。

「本当に私の判断で決まるのですか?」

「あなたの判断だけではありません」彼女が答えた。「しかし、あなたの判断は決定的に重要です。なぜなら、あなたは神と人間の橋渡し役だからです」

私は不安になった。明日、私は宇宙の運命を左右する発言をしなければならない。

「大丈夫です」アイン=ウルが私の肩に手を置いた。「あなたは必ず正しい判断を下すでしょう。なぜなら、あなたは愛を知っているからです」

「愛?」

「神への愛、人類への愛、そして真理への愛」彼女が微笑んだ。「その愛が、あなたを正しい判断に導くでしょう」

私たちは法廷を後にした。明日、この宇宙で最も重要な判決が下される。

そして、その判決に私が関わることになる。

第3章へ続く