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第4章 神の最終弁明

第3節 偏りの発見

神の弁明が終わった後、休廷となった。私は法廷の外でアイン=ウルと会った。

「神の弁明をどう思いますか?」彼女が尋ねた。

「正直で、人間的でした」私が答えた。「しかし、まだ疑問が残っています」

「どのような疑問ですか?」

「選択の偏りについてです」私が説明した。「昨日の観測で、明らかに不平等な確率分布を見つけました」

アイン=ウルの表情が変わった。「それについて話し合いましょう」

私たちはΩライブラリに戻った。私は分析装置を起動し、昨日のデータを表示した。

選択確率の偏り

画面に表示されたのは、私の千の人生での選択パターンの統計データだった。

「見てください」私が指さした。「37歳での重要な選択において、『善』の方向への選択確率は67%、『悪』の方向への選択確率は33%です」

アイン=ウルがデータを確認した。

「この偏りは自然発生的なものではありませんね」私が続けた。「明らかに、選択に重み付けがされています」

「その通りです」アイン=ウルが認めた。「神が意図的に重み付けをしています」

「なぜですか?」

「愛ゆえです」彼女が答えた。「神は人間が善を選ぶことを望んでいます」

私は複雑な気持ちになった。「それは自由意志の操作ではないのですか?」

他の人間のデータ

「私だけでなく、他の人間についても調べてみましょう」私が提案した。

アイン=ウルは装置を操作し、様々な人間の選択パターンを表示した。

驚くべきことに、全ての人間で同様の偏りが見つかった。

  • 愛を選ぶ確率:65-70%
  • 憎しみを選ぶ確率:30-35%
  • 協力を選ぶ確率:60-65%
  • 競争を選ぶ確率:35-40%
  • 創造を選ぶ確率:70-75%
  • 破壊を選ぶ確率:25-30%

「これは明らかに設計されたパターンです」私が指摘した。

「そうです」アイン=ウルが頷いた。「神は人間の選択を完全に自由にはしていません」

偏りの理由

「なぜこのような偏りを設けたのでしょうか?」私が尋ねた。

「実際に神に聞いてみましょう」アイン=ウルが提案した。

彼女は通信装置を起動した。すぐに神の声が響いた。

「ユーリ、何か質問がありますか?」

「はい」私が答えた。「人間の選択に偏りを設けた理由を教えてください」

神は少し沈黙した後、答えた。

「発見されましたね」神が言った。「実は、これが私の最大の秘密でした」

神の設計意図

「私は人間に完全な自由意志を与えるつもりでした」神が説明を始めた。「しかし、シミュレーションを行った結果、恐るべき結果が判明したのです」

「どのような結果ですか?」

「完全に自由な選択では、人類は自滅してしまうのです」神が答えた。「悪を選ぶ確率が50%を超えると、文明は崩壊します」

私は息を呑んだ。

「そのため、私は意図的に善の方向への偏りを設けました」神が続けた。「これにより、人類は生存し、発展することができます」

「しかし、それは自由意志の侵害ではありませんか?」私が質問した。

「その通りです」神が認めた。「これが私の最大の罪です」

神の罪の告白

「私は自由意志を与えると約束しながら、実際には制限を設けました」神が告白した。「この偏りは、人間には知覚できませんが、確実に選択に影響を与えています」

私は衝撃を受けた。神が自分の罪を認めたのだ。

「なぜ秘密にしていたのですか?」

「知られてしまえば、人間の自由意志の感覚が失われるからです」神が答えた。「人間は『自分で選択している』と信じることで、選択に責任を持ちます。しかし、偏りの存在を知れば、責任感が薄れてしまいます」

偏りの正当性

「しかし、神よ」私が質問した。「この偏りは正当化されるのでしょうか?」

「正当化されるかどうかは、人間が判定すべき問題です」神が答えた。「私は人類の生存のために偏りを設けました。しかし、それが正しい選択だったかは分かりません」

私は深く考え込んだ。神の偏りがなければ、人類は滅んでいた可能性がある。しかし、偏りがあることで、自由意志は制限されている。

「他に選択肢はなかったのですか?」私が尋ねた。

「ありました」神が答えた。「人間を創造しないという選択肢が」

この言葉の重みに、私は圧倒された。

代替案の検討

「実は、人間創造について長い間悩みました」神が続けた。「完全な自由意志を与えれば自滅し、制限を設ければ偽りの自由となる。この矛盾をどう解決すべきか」

「それで、どう決断したのですか?」

「制限された自由でも、全く自由がないよりは良いと判断しました」神が答えた。「そして、いつか人間が成長して、この制限を必要としなくなることを期待しました」

私は理解した。神の偏りは、人類の訓練輪のような役割を果たしていたのだ。

「人間が十分に成長したら、この偏りを取り除くつもりですか?」

「そのつもりでした」神が答えた。「しかし、いつ取り除くべきかの判断が困難です」

現在の状況

「現在の人類は、偏りなしで生存できると思いますか?」私が尋ねた。

神は長い沈黙の後、答えた。

「分かりません」神が正直に言った。「これも、明日の裁判で人類に問いたい質問です」

私は新たな責任の重さを感じた。明日の判決は、人類の未来の自由の程度を決定する可能性がある。

「神よ、この偏りの存在を法廷で明かすつもりですか?」

「はい」神が答えた。「全てを明かすつもりです。その上で、人類に判定してもらいます」

私は明日の法廷の重要性を改めて認識した。これは単なる神の裁判ではない。人類の未来の自由の在り方を決める裁判なのだ。

明日への準備

「ユーリ、あなたの証言が最も重要になります」アイン=ウルが言った。「千の可能性を観測した経験を持つあなただからこそ、この問題について深い洞察を与えることができます」

私は決意を新たにした。明日、私は人類を代表して証言する。

神の偏りを許容するか、完全な自由を求めるか。その選択が、人類の運命を決めるのだ。

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