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第4章 神の最終弁明

第5節 最後の証言

法廷は満席だった。世界中から集まった人々が、今日の判決を待っていた。私は証人席に座り、深呼吸をした。

「ユーリ・セリグ」ラメク裁判官が私を呼んだ。「あなたは千の可能性を観測し、神と直接対話した唯一の人間です。神の行為について、どのような証言をしますか?」

私は立ち上がった。法廷内の全員が私を見つめている。

「尊敬する裁判官、そして皆さん」私が証言を始めた。「私は千の可能性を観測し、多くのことを学びました。今日、その学びを皆さんと共有したいと思います」

観測の報告

「まず、私が発見した事実を報告します」私が続けた。

「第一に、私たちの選択には確かに偏りがあります。善を選ぶ確率が約67%、悪を選ぶ確率が約33%に設定されています」

法廷内がざわめいた。まだこの事実を知らない人々がいたのだ。

「第二に、この偏りは神によって意図的に設けられたものです。完全に自由な選択では、人類は自滅してしまうことが予測されたためです」

「第三に、神もまた完全ではない、成長する存在であることが判明しました。神は人間との関係を通して、愛について学んでいます」

私は一呼吸置いた。

新しい視点の提示

「しかし、私はこれらの事実よりも重要なことを発見しました」私が続けた。「それは、私たちが問うべき問題を間違えていたということです」

ラメク裁判官が眉をひそめた。「どういう意味ですか?」

「私たちは『神は有罪か無罪か』という問いに固執していました」私が説明した。「しかし、これは適切な問いではありません」

「では、何が適切な問いなのですか?」

「『神と人類は、どのような関係を築くべきか』という問いです」私が答えた。

関係性の再定義

「千の可能性を観測して、私は理解しました」私が続けた。「神と人類は、裁く者と裁かれる者の関係ではありません。共同創造者としての関係です」

私は法廷を見回した。人々の表情が変わり始めていた。

「神は完璧な存在として世界を統治しているのではありません。不完全ながらも成長を続ける存在として、人類と共に世界を創造しているのです」

「しかし、偏りの問題はどうなのですか?」アダムが叫んだ。

「偏りは確かに問題です」私が認めた。「しかし、それを悪と断じる前に、考えてみてください。親が子供に訓練輪付きの自転車を与えるのは、子供を欺くためでしょうか?」

成長の段階

「違います」私が続けた。「安全に成長できるようにするためです。そして、子供が成長すれば、訓練輪を外します」

「つまり、神の偏りは訓練輪のようなものだと言いたいのですか?」ラメク裁判官が尋ねた。

「そうです」私が答えた。「人類がまだ幼い段階にあった時、完全な自由は破滅を意味していました。偏りは、私たちが安全に成長するための配慮でした」

「では、現在の人類に偏りは必要ないと?」

「それは、私たち自身が決めるべき問題です」私が答えた。「神は私たちの判断を求めています」

新しい提案

「私は、新しい関係のあり方を提案したいと思います」私が宣言した。

法廷が静まり返った。

「私たちは神を有罪とも無罪とも宣言しません。代わりに、神と人類の新しい契約を結ぶことを提案します」

「どのような契約ですか?」ラメク裁判官が興味深く尋ねた。

「段階的自由拡大契約です」私が答えた。

段階的自由拡大契約

「この契約の内容は以下の通りです」私が説明を始めた。

「第一に、神は現在の偏りの存在を正式に認め、その理由を人類に説明します」

「第二に、人類の成長に応じて、段階的に偏りを減少させていきます」

「第三に、各段階での進行は、人類の合意に基づいて決定します」

「第四に、神と人類は定期的に対話を行い、関係の見直しを行います」

「第五に、最終的には完全な自由意志を実現することを目標とします」

私は法廷を見回した。人々が真剣に考えている様子が見て取れた。

愛の再定義

「この契約の基盤にあるのは、新しい愛の定義です」私が続けた。

「愛とは、相手を支配することではありません。相手の成長を支援することです」

「神の偏りも、私たちを支配するためではなく、成長を支援するためのものでした」

「しかし、支援は永続的である必要はありません。相手が自立できるようになれば、支援は段階的に減らしていくべきです」

私は神の光を見上げた。

「神よ、あなたはこの提案を受け入れますか?」

神の応答

神の光が強く輝いた。そして、神の声が響いた。

「ユーリ、素晴らしい提案です」神が答えた。「私はこの契約を受け入れます」

法廷内がざわめいた。

「人類の皆さん」神が続けた。「私は不完全な存在です。しかし、皆さんと共に成長していきたいと思います。この新しい契約の下で、共に歩んでいきましょう」

人類の反応

私は人々の反応を見た。

アダムは考え込んでいた。イブは微笑んでいた。傍聴席の人々は活発に議論を始めていた。

「この提案について、皆さんはどう思いますか?」ラメク裁判官が問いかけた。

「私は賛成です」イブが立ち上がった。「成長の機会を与えてくれる提案だと思います」

「私も賛成します」アダムが続いた。「有罪・無罪の判決よりも建設的だと思います」

一人また一人と、賛成の声が上がった。

判決

ラメク裁判官が立ち上がった。

「法廷は、ユーリ・セリグの提案を受け入れ、以下の判決を下します」

木槌が打たれた。

「神は有罪でも無罪でもない。神と人類は、段階的自由拡大契約を締結し、共同創造者として新しい関係を築くものとする」

法廷内に拍手が響いた。

私は深い満足感を覚えた。これは終わりではなく、新しい始まりだった。

神と人類の新しい関係の始まりだった。

第5章へ続く