最終章 選ぶもの/選ばれるもの¶
第5節 永遠の問い¶
それから十年が経った。
私は今、50歳になっている。髪に白いものが混じり、顔には皺が刻まれているが、心は以前よりも軽やかだった。
世界は大きく変わった。適応的システム更新契約の成果は明確に現れていた。
人々はより創造的で協調的になり、社会問題の多くが新しいアプローチで解決されていた。戦争は激減し、環境問題は技術革新と価値観の変化によって改善されていた。
しかし、最も重要な変化は、人々の心の中に起きていた。
新しい世代
私は大学で「選択学」という新しい学問分野を教えていた。学生たちは、私たちの世代とは全く違う価値観を持っていた。
「先生」学生の一人、エマが質問した。「なぜ昔の人々は、選択を恐れていたのですか?」
私は微笑んだ。彼女にとって、選択は恐れるものではなく、楽しむものなのだ。
「昔は、正しい答えが一つだけあると信じられていました」私が説明した。「だから、間違いを恐れていたのです」
「でも、正しい答えなんて存在しませんよね?」別の学生、リョウが言った。「状況によって最適解は変わるし、新しい解決策を創造することもできる」
「その通りです」私が頷いた。「あなたたちは、それを直感的に理解している。素晴らしいことです」
神との最終対話
その日の夕方、私は久しぶりにΩライブラリを訪れた。アイン=ウルが迎えてくれた。
「ユーリ、元気そうですね」
「おかげさまで」私が答えた。「世界の変化を見ていると、希望を感じます」
「神も同じ気持ちだと思います」アイン=ウルが言った。「話してみませんか?」
私は神との対話を求めた。
「神よ、十年間の変化をどう評価されますか?」
「期待を大きく上回る成果です」神が答えた。「人類は真の意味で成熟しつつあります」
「成熟とは?」
「自らの選択に責任を持ち、他者の選択を尊重し、共に新しい可能性を創造する能力」神が説明した。「これこそが、私が人類に期待していた姿です」
神の変化
「神ご自身も変化されましたね」私が指摘した。
「そうです」神が認めた。「人類から多くを学びました。特に、創造性と協調性については、人類の方が優れている場合があります」
「今でも偏りは必要だと思われますか?」
「段階的に減らしています」神が答えた。「現在の偏りは、契約開始時の30%程度まで減少しています」
「最終的にはゼロになるのですか?」
「それは人類が決めることです」神が言った。「私は、人類の判断を尊重します」
永遠の問いの発見
「神よ」私が最後の質問をした。「この十年間で、最も重要な発見は何でしたか?」
神は長く沈黙した後、答えた。
「問いは永遠に続くということです」
「どういう意味ですか?」
「以前、私は完璧な世界の創造が最終目標だと思っていました」神が説明した。「しかし、今は理解しています。完璧な世界など存在せず、問い続けることこそが生きることなのだと」
私は深く理解した。
「つまり、『どう生きるべきか』という問いに、最終的な答えはないということですね」
「そうです」神が答えた。「しかし、その問いを持ち続けることに意味があります。問いが、成長と創造の源だからです」
永遠の問いの内容
「どのような問いですか?」私が尋ねた。
「まず、『どのような選択が最も愛に満ちているか?』」神が答えた。
「次に、『どのような創造が最も美しいか?』」
「そして、『どのような関係が最も互いを成長させるか?』」
「最後に、『どのような問いが最も重要か?』」
私は笑った。最後の問いは、自己言及的で無限に続く問いだった。
「永遠に答えの出ない問いですね」
「だからこそ美しいのです」神が答えた。「答えが出れば終わってしまいます。問い続けることで、永遠に成長し続けることができます」
私の遺産
私は自分の人生を振り返った。
千の可能性を観測し、神の裁判に参加し、新しい契約の締結に関わった。そして、選択の意味と美しさを多くの人々と共有してきた。
「私の人生にも意味があったのでしょうか?」私が尋ねた。
「もちろんです」神が答えた。「あなたは橋渡し役を果たしました。神と人類の間の、過去と未来の間の、恐れと希望の間の橋渡しを」
「私が消えても、この問いは続いていくのですね」
「そうです」神が答えた。「そして、新しい人々が新しい答えを見つけ、新しい問いを発見するでしょう」
次の世代への手紙
その夜、私は将来の世代への手紙を書いた。
未来を生きるあなたたちへ
私は千の可能性を観測した人間として、いくつかのことを伝えたいと思います。
第一に、選択を恐れないでください。完璧な選択など存在しません。あなたの価値観に基づいた誠実な選択こそが、美しい選択です。
第二に、他者の選択を尊重してください。人それぞれに異なる価値観があり、異なる状況があります。多様性こそが、世界を豊かにします。
第三に、新しい可能性を創造してください。既存の選択肢に満足せず、より良い解決策を模索してください。創造性こそが、人類の最大の贈り物です。
第四に、問い続けてください。「どう生きるべきか」「何が最も大切か」「どのような世界を築くべきか」—これらの問いに最終的な答えはありませんが、問い続けることで成長し続けることができます。
最後に、愛することを忘れないでください。愛とは、相手により多くの選択肢を提供することです。愛があれば、どんな困難も乗り越えることができます。
あなたたちの選択が、さらに美しい世界を創造することを信じています。
ユーリ・セリグ
エピローグへの序章
手紙を書き終えた私は、窓の外を見た。星空が美しく輝いている。
それぞれの星が、可能性の象徴のように見えた。無数の可能性、無数の選択、無数の物語。
私の物語もその一つに過ぎない。しかし、それで十分だった。
不完全で不確実で困難な人生だったが、意味に満ちた人生だった。
そして、この物語も終わりに近づいている。しかし、終わりは新しい始まりでもある。
私の後に続く人々が、新しい物語を紡いでいくのだから。
「さて」私は自分に言った。「明日はどんな選択をしようか」
その問いと共に、私は眠りについた。
永遠に続く問いと共に。