対角線のあそび

よみもの+手を動かす時間:およそ25分

この文は、うそである

「この文は、うそである」——古くから知られる、うそつきのパラドックスです。本当だとすると、書いてあるとおり、この文はうそになります。うそだとすると、「うそである」がはずれるので、本当になってしまいます。

どちらに倒しても、反対側へはね返される。仕掛けは、この文が自分自身について語っていることです。外の何かを指しているうちは無事なのに、自分に折り返したとたん、どちらにも倒れない宙づりが生まれます。

前のレッスンのヘソマガリを思い出してください。あの機械も、ハンテイの予言を自分自身に折り返されて、宙づりを作りました。同じ形です。

今日は、この「折り返しの技」に名前と歴史を与えます。そのために、まず紙の上で遊べる大きさまで縮めましょう。

名簿ゲーム

あ・い・う・えの4人が、4つの質問に○×で答えました。これがその名簿です。

①あんみつ②いちご③うどん④えだまめ
あさん××
いさん××
うさん××
えさん

ここで遊びです。「名簿のだれともリストが一致しない、新しい人」を、机の上で作れるでしょうか。名前は「ち」さん——がう人の、ちです。

規則は一行で書けます。「あさんの1番目の逆。いさんの2番目の逆。うさんの3番目の逆。えさんの4番目の逆。」表の太字のマス——左上から右下へ走る対角線——を指でたどって、ぜんぶ裏返してください。

①あんみつ②いちご③うどん④えだまめ
ちさん××

できあがったちさんを、名簿の各行と見くらべます。あさんとは①で食い違います(あさんは○、ちさんは×)。いさんとは②で、うさんとは③で、えさんとは④で食い違います。

これは、たまたまではありません。ちさんの1番目は「あさんの1番目の逆」になるように作ったのだから、あさんと一致しようがないのです。2番目以降も同じ理屈です。

名簿が100行でも1万行でも、話は変わりません。行が増えれば対角線もいっしょに伸びて、裏返しはやはり名簿の外にいます。この技を対角線論法と呼びます。

無限を数えた人の道具

この技は、1891年にドイツの数学者ゲオルク・カントールが発明しました。目的は「無限にも大小がある」と示すこと——具体的には、実数(小数で書ける数のぜんぶ)は数えきれない、という証明です。このコースでは深入りしません——「無限を数えようとした数学者の道具」とだけ、覚えてください。

よりみち:自然数と実数の話

1, 2, 3, …と続く自然数は無限にありますが、ひとつずつ名簿に並べきれます。カントールは「0と1のあいだの小数をぜんぶ名簿に並べた」と仮定して、各行の小数のけたを対角線にたどって裏返し、名簿のどの行とも食い違う小数を作ってみせました。並べきれる無限と、並べきれない無限——無限には大小があるのです。

ヘソマガリは、対角線だった

ここで前のレッスンに戻ります。ハンテイが言い当てるはずだったのは「どのプログラムが、どの入力で止まるか」でした。プログラムは文章なので、短い順・同じ長さなら辞書順に、ひとつ残らず名簿に並べられます。

つまりハンテイが作れたなら、プログラムを行に、入力を列に並べた、巨大な予言の○×表ができたはずです。ヘソマガリがやったのは、その表の対角線をたどって、ぜんぶ裏返すこと。名簿ゲームのちさんと、寸分たがわぬ手口です。

型が見えると、見えかたが変わります。あの証明は天才のひらめきではなく、1891年から数学者が使い込んできた定石だったのです。

折り返す問いは、ことばに住んでいる

この形は、数学の専売ではありません。たとえば「この辞書に載っていない言葉だけを集めた辞書」を編むとします。さて、この辞書は、自分自身の名前を見出し語に載せるべきでしょうか。

載せれば、「載っていない言葉だけ」という約束を破ります。載せなければ、「載っていない言葉」になってしまうので、約束により載せなければなりません。うそつきの文と同じ宙づりです。

ことば遊びに見えますが、笑いごとではありません。約100年前、哲学者ラッセルがこれと同じ形の問いで、当時の数学の土台を本気で揺らしました。自分に折り返す問いは、ことばの仕組みそのものに住んでいるのです。

演習:5人目を書き足して、追いかける

「ちさんを名簿に入れてしまえば、勝ちでは?」——よい疑いです。ちさんを5人目として書き足し、質問も⑤おにぎりまで増やした名簿がこれです(ちさんの⑤は×だったことにします)。

①あんみつ②いちご③うどん④えだまめ⑤おにぎり
あさん×××
いさん××
うさん××
えさん×
ちさん×××
  1. 太字の対角線を裏返して、新しい人「も」さん(っとちがう人)のリストを作ってください
  2. もさんが、5人全員と本当にどこかで食い違うことを、指でたどって確かめてください
ヒント1(考え方)

対角線は1マス伸びて、5マスになりました。もさんがちさんと食い違う場所は、どの列でしょう。

こたえ

対角線は ○・×・×・○・× なので、裏返したもさんは ×・○・○・×・○。あさんとは①、いさんとは②、うさんとは③、えさんとは④、そしてちさんとは⑤で食い違います。よく見ると、もさんの①〜④はちさんとまったく同じ——新しく伸びた⑤の1マスだけが、ちさんを振り切る仕事をしました。名簿に書き足すたび対角線も伸びて、また裏返せる。名簿の側が、永遠に一歩遅れるのです。

このレッスンで分かったこと

  • 「この文は、うそである」——自分に折り返す問いは、どちらにも倒れない宙づりを生む
  • 名簿の対角線をぜんぶ裏返すと、どの行ともかならず食い違う「新しい行」ができる——これが対角線論法
  • 1891年、カントールが「無限にも大小がある」と示すために発明した道具
  • ヘソマガリは、ハンテイの予言の表に対する対角線——ひらめきではなく定石だった
  • 名簿に書き足しても対角線が伸びて、また裏返る。名簿は永遠に追いつけない